もくじ
[1] 2023年度の事業アイディアを募集(会員限定)
[2]報告「日本語ボランティアフォローアップ講座(1)」
[3]報告「市内歴史ウォーキングで交流会」
[4]多文化サロン終了報告
[5]エッセイ:仙台だより7
[6]Book:(まんが)台湾の少年1~4
[1] 2023年度の事業アイディア募集(会員限定)
2011年度に始まった多文化体験with Kids、土日プロジェクト主催の各種交流事業、最近では2021年度スタートの日本語交流プログラムやSDGs講座などは、会員の皆さんのアイディアから生まれた事業です。NIMICは会員のアイディアと実行力で活動を広げてきました。2023年度に向けて、NIMICでこんなことをやってみたい、こんな事業があったらいいな・・・など、具体的なアイディアやご意見はありませんか?ぜひ、仲間と一緒に形にしていきましょう。
締切は1月15日(日)、皆さんのアイディア・ご意見をお待ちしています。
e-mailで info@nimic.jpへ。(タイトルを「事業アイディア」としてください)
[2] 報告「日本語ボランティアフォローアップ講座(1)」
11月12日の午前中2時間、14名が参加し、オンライン活動の基本的な注意事項や著作権について学びました。オンラインで使える教材の紹介もありました。参加者からは、「著作権について曖昧としていたものがはっきりと分かるようになった」「YouTubeでの著作権侵害に注意しなければならないことがよく分かった」「オンライン学習についてのたくさんのヒントをもらった」「オンラインのメリット、デメリットを念頭に学習者に寄り添った支援をしていくことを再確認した」などの感想が寄せられました。
[3] 報告「市内歴史ウォーキングで交流会」
11月13日の午後、外国人14人とスタッフ10人の参加で3年ぶりに対面での散策イベントを実施しました。武蔵関公園―下野谷遺跡―東伏見稲荷神社を訪ねてお喋りをしながら楽しく歩きました。イベント解散後も外国人家族同士、また画面越しではなく実際に会うのは初めてのスタッフ同士の立ち話が続き、交流イベントの成果を実感しました。市の社会教育課からの遺跡の説明やトートバック配布に感謝いたします。
[4] 多文化サロン終了報告
11月19日(土)、こもれびホール内のはなみずきカフェラウンジで多文化サロン「ソヨンさんが語る韓国プサンの暮らし」を実施しました。講師は、NIMICの活動を多方面から支えていただいているシム・ソヨンさんで、参加者は18名。チマチョゴリを身に着け、故郷釜山の街並みや伝統的な文化、食生活について話す中、様々な質問も出て、終始和やかな雰囲気で進みました。参加者は、ソヨンさんが4か月かけて準備した自家製のメシル茶を飲み、最後はソヨンさんと記念撮影をするなど、多文化を楽しまれたようでした。
[5] エッセイ:仙台に来て二度目の冬です
今年は仙台でも、いろいろなイベントがウイズコロナの下で再開されました。
5月の仙台青葉まつり。すずめ踊りと山鉾や時代絵巻の巡行です。今年は行けなかったので来年は実際に見たいです。
8月の七夕まつり。娘や孫たちと七夕飾りの下を歩けたのがうれしかったです。
9月は定禅寺ストリートジャズフェスティバルが、規模を縮小して開催されました。7つの会場のうち2つを回りました。来場者の中に欧米の方を多く見かけました。ジャズというジャンルだからでしょうか。
10月はみちのくYOSAKOIまつりを観てきました。ヨサコイ踊りを間近に見たのは初めてでした。華やかな衣装、大きな旗振り、活気のある踊り。熱気が伝わりました。演者さんや大会運営に留学生の方たちが関わっていました。
「まつり」ではありませんが、9月の日曜日にブラジル人のZUMBAの先生が娘さんの誕生日パーティーに招待してくださいました。会場は公園のバーベキューエリア。ブラジル料理人のパパが肉やソーセージを焼き、ママ手作りのブラジル料理が並びました。印象的だったのは、ファミリーの洋服、紙皿・紙コップ、会場の飾り、ケーキ等、すべて娘さんが好きなアニメのキャラクター「ユニコーン」で統一されていたことです。35年前、主人の仕事で駐在したメキシコでの子どもたちの誕生日会を思い出しました。子どもも大人も楽しんだ午後でした。
2023年も、どんな多文化に会えるのか楽しみです。
(NIMIC会員 白根祐子)
[6] Book:(まんが)台湾の少年1~4
游 珮芸・周 見信/作 倉本知明/訳 岩波書店 2022年
形式は漫画ですが、内容は実在の人物「蔡 焜霖」の人生を通して台湾の現代史を描く歴史コミックです。書店では歴史の棚に置かれており、練馬や武蔵野などでは図書館にも入っています。
蔡 焜霖(さい・こんりん)は、1930年日本統治時代に台中で生まれ、日本語で学校教育を受けて読書が好きな少年として育ちました。1945年中華民国に戻った台湾の学校では、北京語の授業が始まります。焜霖は、高校卒業後町役場の事務員になりますが、無実の罪で逮捕され、懲役10年の判決を受け、離島の収容所で強制労働と思想教育の日々を過ごします。釈放後、出版社を経て児童雑誌や女性誌を創刊するなど、台湾の様々な文化に関わる仕事した焜霖ですが、現在は白色テロ時代の政治犯の名誉回復と、人権教育に力を注いでいるそうです。
統治体制が変わるたびに言語や社会の基盤がころころ変わり、前の体制で高等教育を受けた若い世代が政治弾圧で狙い撃ちされ、命を落としていくことが読んでいて辛い本です。が、これは過去の話ではなく、ロシアとウクライナ、香港、中国、台湾など、世界各地で今なお現在進行中の問題でもあると思います。
(NIMIC会員 根本百合)
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